「ある関取のことと子育て」

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富山県こどもこころの相談室 

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富山県出身のある関取は大出世をして各界のスターになりました。そして、先日のいわゆる「不祥事」が起こります。私は、彼のことは新聞やテレビなどの報道以上のことは何も知りません。世論を騒がしている不祥事について、私は「良い」とか「悪い」とかいうつもりは全くありませんし、言える立場でもありません。

このコラムであえてこのことを取り上げるのは、子育てや教育の中で、大人が子どもをどのように支えていくかということに大きく関連していると思うからです。

私は臨床心理士という仕事をしています。相談者の悩みごとや、心配ごと、つらい気持ちや、苦しい気持ちを毎日聴いています。私たち臨床心理士の仕事は、大まかにいえば相手の話を聴いて、問題解決を図ろうとすることですが、ただ聴いているだけではありません。今、その人の「こころ」にどんなことが起こっているのかを理解しようとしているのです。

さて、私が目にした、ある地方新聞の投稿記事の一部を抜粋します(投稿者が特定されないように、文章は加工しています)。

  • 今回の彼の不祥事は、みんなの期待を裏切ることになってしまい残念です。「心の緩みがあったのではないか」と言われても仕方がありません。彼にはこの逆境をバネにして、より一層、ファンの期待に応えていかなければなりません。
  • 彼が再び土俵に立つことを願い、署名活動をしました。もう一度、相撲で地元に恩返しをしてほしいです。
  • 彼には反省してもらい、また、一からやり直してほしいと思います。相撲がなくなったら彼の人生は終わりです。

また、報道でコメンテーターが

  • 気の緩みがあったのではないか。
  • 甘えがあったのではないか。
  • 自己中心的な行動だ。
  • 責任ある立場なのに軽率すぎだ。

などの言葉を浴びせます。

私は臨床心理士という立場から違う視点も考えてみたいと思います。上記の言葉では何も解決しないという視点です。もし、彼は「やったらダメだ」とか、「止めなきゃいけない」という気持ちがありながらも、それを自分でコントロールすることができない状態だったとしたら、それは甘えでしょうか。気の緩みでしょうか。そうかもしれませんし、違うかもしれません。例えば、ネットでの買い物を止めようと思っても、止められず借金をしてしまう人もいます。ギャンブルを止めようと思っても、今日もギャンブルに行ってしまう人もいます。私が知っている、彼についての少ない情報で推測的なことは言えないので、これ以上は言及しませんが、世の中には「止めようと思っても、止めることができない人」がたくさんいるのです。そしてその多くの人たちは、表面的には普通の生活をしています。

 

このことを踏まえて、まず、私が大切だと思うことは、彼自身がこれまでのことをどう理解して、これからどのように生きていきたいのかということです。彼は本当に相撲を続けたいのでしょうか。もしかしたら、一からやり直して番付を上げたいと思っているかもしれません。もしかしたら、今は自分でも分からないのかもしれません。もしかしたら、もう違う道に進みたいと思っているのかもしれません。そして、それを周囲に気を遣って言えないのかもしれません。そうかもしれないし、違うかもしれないのです。私たちが彼を相撲で頑張らせようとすることは、彼を苦しめている可能性もあります。今、大切なことは、彼の気持ちに寄り添い、彼が自己決定できように周囲が支えることです。このような視点で考えてみると、他にも彼を支えるために周囲が手助けをできることがあります。例えば、一緒に仕事を探すことかもしれないし、新しい分野に挑戦するために相談にのることかもしれないし、しばらく、ゆっくりと静養できるように環境を整えてあげることかもしれません。

子育てでも同じことが言えます。親や教師が「子どものためだ」と思って、手助けをしてあげようとすることは、もしかすると、余計に子どもを苦しめているのかもしれないのです。

私たちは自分が不安だったり、自分が傷ついたりすると、無意識に自分の思い通りに他者を動かすことで、その不安や傷つきから逃れようとする心の働きがあります(前述の投稿も、この視点である程度の説明がつきます)。

このようなことを頭の片隅に置き、子どもの気持ちや考えを尊重しながら、(もちろん、どうしたらよいか分からないという時期もあります)根気強くかかわることが大切です。

私の相談室には「学校に行きたくない」と言葉(親に傷つけるようなことを言うなど)、行動(家族に暴力を振るうなど)、症状(腹痛、吐き気など)で必死に訴える子どもたちがたくさんやって来ます。そして「どうしたらこの子が学校に行くようになるのだろう」と悩んでいる親もたくさん相談にやってきます。その時、私は、親と同じように子どもにも発言の機会をしっかりと与るようにしています。子どもが感じていることや、考えていることを聴くことはもちろんですが、例えば「今から、お父さんやお母さんがあなたのことについてお話をしてくれます。もし、その話の中であなたが違うと思ったり、何か言いたいことが出てきたりした時には、それをお話してみてください。」と敬語で伝えます。このように子どもの人格を尊重して、子どもに丁寧に関わっていくと、子どもの表情は段々と生き生きしてきます。それを丁寧に継続していくと、それまで問題だったことは解決に向かっていきます。

「この人は、自分のためにかかわってくれている」と感じてもらえる支援をすることで、子どもや親が「希望のかけら」をもって日常生活を送ることができるように、今日も相談者の話を聴きたいと思います。最後に、たくさんの努力を重ねてきたであろう関取が、これからの自分の人生に希望をもって生きていかれるように富山の地から願っています。

 

深澤先生の過去のコラムはこちら

あるSNSの投稿:https://ecofami.com/special/detail/14382/

今さら聞けない「五月病」のこと:https://ecofami.com/special/detail/14856/

プロフィール

富山県こどもこころの相談室

代表(臨床心理士) 深澤 大地

 

長野県生まれ。関東の公的機関で教育相談員やスクールカウンセラーとして勤務。平成21年に富山県総合教育センター客員研究主事として招聘。平成29年に子ども専門の心理相談室「富山県こどもこころの相談室」を開設し、主に未就学児から30代までのカウンセリングを行っている。また、講演会、新聞の連載エッセイの執筆、雑誌への記事の掲載、メディアへの出演など、臨床心理士として県内外で活躍中。

 

所属学会等

「日本心理臨床学会」 会員

「日本遊戯療法学会」 会員

「日本箱庭療法学会」 会員

「日本精神分析学会」 会員

「日本学校心理学会」 会員

「富山県臨床心理士会」 前理事

HP:https://cocoro-soudan.wixsite.com/toyama-kodomo
Facebook:https://ja-jp.facebook.com/TCCR556/
Twitter:https://twitter.com/tccr556?lang=ja

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